「飲みニケーション」は「無意味ケーション」

飲みニケーション(のみニケーション)とは、社会で行われてい人間同士でのコミュニケーションの一つ。(中略)会社や大学などといった場において集っている人間が互いに距離を置いていたり、打ち解けることができていない場合には、共に居酒屋や飲み会などといった場に出向き酒を飲むことで、酔った勢いで互いが馴れ合ったり親密な会話ができるようになるということを目的として行われている。(Wikipediaより)

とりあえず飲みましょう!

と、言われると困ってしまいます

 

 

コミュニケーションを深めるためには
飲みニケーションが最も効果的である

本音を語り合えば
いい仕事ができる

その"理屈"は解かります

 

実際、

飲みニケーションを継続して
業績を上げた会社が存在する

それも知っています

が、

私にとっては、

今も変わらず、

"都市伝説"のままです

 

 

なぜなら、

最初に

何か違うな…?

と、

違和感を

抱いた仕事相手と

飲みニケーションを通して
仕事が上手くいった経験が

私には

"ない"からです

 

別に

飲み会を開かなくても
心を開き合わなくても

良い仕事も
良い関係も

築ける

と、

知っているから

 

むしろ

"飲みニケーション"が
あまりなかった仕事ほど

良い関係性が築けていたと思います

 

 

それは、

多分、

私が、

"本質"を見誤りやすい

そういうタイプの人間だからでしょう

 

お酒は、

私に、

"情"を生みます

"情"が生まれると

せっかく感じていた
違和感が消え失せて

選択を間違う恐れ、アリ

 

最初に"お酒"が入ってしまうと
何でも"良い"と判断してしまい

根本的な問題も
誤魔化されます

 

お互いに

組まないほうが平和なのに
タッグを組んでしまいがち

合わない人と飲んだからといって
合うようになるワケではないのに

勘違いしてしまう

 

結局、

シラフで円滑な人間関係を
築くことのできない相手と

本質に向き合わないまま
同じ船に乗り込んだって

時期に

沈むだけです。
(ホント、何回沈んだことか…!)

 

距離が縮まることと
本質的に合うことは

大きく違います

 

本質的に

ズレがある

そう気づいたのであれば
無理に近づくのではなく

お互いに

相違点を認め

解散する

そう決断したほうがいいことって
結構、よくよくよくあるものです

 

 

なので、

私は

違和感のある時は

なるべく

とりあえずで

お酒は飲まない!

と、決めています
(まずは"お茶"からスタートです)

 

たまに、

打ち合わせの時に、

お酒を飲むという人もいます

それはそれでアリです

が、

私とは、

価値観が合いません

何かご一緒することは
未来永劫ないでしょう

 

勿論、

飲みニケーションをしなくても
仕事も関係性もスムーズである

その延長戦上に

飲み会や違ったカタチが
ある分にはいいのですが

さすがに

いきなり

"飲みスタート"というのは
"個人的"にキツいですね…

 

 

それに、

そもそも論ですが

私は

お酒を酌み交わしても
"本心"は晒しません

 

というより、

お酒のチカラを借りなくても
誰に対しても本音は言えます

初対面の人に対しても
目上の方々に対しても

 

だから、

私にとって

飲みニケーションは

無意味なのです。

 

そして、

同じような人とじゃないと
何事も上手くいかないです

"伝えづらいこと"でも
お酒のチカラを借りずに

バシッと

無情に

伝えてくれる人が◎

 

 

あと、

私にとってお酒とは、

"素敵な関係性"が築けている人達との
コミュニケーションを更に深めてくれる

神聖なツールです

"祝い事"などを
盛り上げてくれる

チームで頑張って、大成功!
みんなで祝杯だー!!!

こういう時に登場するもの◎

 

 

なので、

仕事の延長で、
愉しむときは、

楽しいお酒

愉快なお酒であるよう

気を付けています

 

ネガティブな飲み会は
絶対に避けたいですね

 

お酒と一緒に

愚痴は言いたくないし、
お説教なんて論外だし、
興味ない人とは嫌だし、
無理に飲みたくないし、
自分勝手に帰りたいし、

とにかく

"自由"に愉しむ!

と、決めています

 

キホン、

お酒は大好きだから!

 

自分が好きなものを
自分で嫌いにしない

と、心に誓っています