「逃げ恥」に学ぶやりがい搾取!「ボランティア」は百害あって一利なし

いいですか、みなさん!人の善意につけ込んで、労働力をタダで使おうとする。それは搾取です。例えば、友達だから、勉強になるから、それもあなたのためだから、などと言って、正当な賃金を払わない。このような、やりがい搾取を見過ごしてはいけません!(『逃げるは恥だが役に立つ』第10話より)

これは2016年の大ヒットドラマ
『逃げるは恥だが役に立つ』で

新垣結衣さん演じる
主人公の森山みくりが

"ボランティア"を依頼されて
断固反対するシーンの台詞です

 

私は3年経った今でも
この台詞が大好きです

 

ボランティア仕事の依頼があった時は

"この台詞"を思い出して
ハッキリ断るようにしています

 

 

なぜなら、

私にとって、

"依頼されるボランティア"とは
真のボランティアではないからです

 

 

ボランティアとは、

辞書によりますと、

自分から進んで社会活動などに
"無償"で参加する人及び活動

と、記載されています

 

つまり、

誰かに懇願されたり
誰かに強制されたり
誰かに差配されたり

自発的ではない時点で
ボランティアではない

と、考えられます

 

 

真のボランティアとは

誰かにやらされるものではなく

むしろ、

自分が"やらせてもらっている"

このくらいの"志"を持って
やらせていただくものなのです

 

 

なので、

本来の意味をよくよく考えると
私には不向きなことと言えます

私が、

自分の持っているエネルギーを
自分から無償で差し出したい!

と、思うことは

未来永劫

"ない"からです。

 

私は、

やっぱり

自分の"行動力"には

価値がある!

と、強く信じているので

働いた分に見合った対価が欲しいですし
この考え方が、揺らぐことはありません

労働に見合った対価は

自信に繋がるから

 

 

私はこれでいいのです!

 

 

とはいえ、

今でこそ、

こうした価値観を確立して
ハッキリと断れていますが

昔は、

随分、

色々な"ボランティア仕事"を
曖昧なまま引き受けていました

 

 

例えば、

駆け出しの頃に無償だけれども
実績として書くには良いからと

嫌々、

やる気なく引き受けたのに

段々、

価値を評価されないことに、怒り

ボランティア自体は何も悪くないのに
ボランティアは"悪"だと決めつけて

心の底では、

否定していたこと

 

泣きつかれて断り切れず
無料で引き受けたけれど

"ありがとう"という
言葉がないことに、怒り

見返りを求めていた
自分に落胆したこと

 

思い返せば、

ボランティア精神なんて微塵もなく
すごく失礼だったと反省しています

 

だって、

ボランティア仕事を

嫌々、引き受けた
背景にあったのは

すべて、

"情"と
"下心"だったから

 

これをやったら何かに繋がるかも…
これをやらないと可哀そうだから…

どちらも最低ですよね

 

 

特に

情はよくないです

 

可哀そうと思った瞬間に
自分が上になってしまう

情は優劣をつけてしまうもの

対等ではないボランティアもまた
真のボランティアではないのです

 

 

私は生まれ持った気質が故に
相手の状態を汲んでしまうと
※HSS型のHSPという気質

つい

助けたい衝動に駆られる

 

けれど、

愛とは、

そこに手を出さないこと!

と、

師に教えて貰ってから

誰かを助けるときは

仕事依頼として助ける

と、決めています

 

 

そうしなければ、

結局、

私が、

怒りの鬼と化す

 

自分のことを大切にせず
誰かのことを優先すれば

自分にとっても
誰かにとっても

良い結果にならないのです

 

 

だから、

私にとって、

ボランティアは百害あって一利なし!

もう、

絶対に

やってはいけない!

 

何度、

依頼を受けても、断る

そう誓っています