「寂しさ」は何処からくるのか?

 

昔、

誰と一緒にいても
何をやっていても

とにかく

寂しい

そんな時期がありました

 

カラダが空洞なんじゃないか?

と、疑うほどに

冷たい風が流れ込む、感覚

 

 

思い返せば、

その頃は、

自分が空っぽでした

スカスカな、自分

 

誰かがイイと言ってものを
自分もイイとしてきたから

 

いつも

自分の中には
自分ではない

誰かが居ました

 

けど、

その誰かが出ていけば
自分の中は留守になる

すると、

また、

寂しさが襲ってくる

 

 

"寂しさ"を感じていたのは
自分に"隙間"があったから

 

 

しかしながら、

その隙間は

自己分析をして
自分自身を知り

自分を自分で
満たせてから

消えていきました

 

何が好きで、何が嫌い?

とか

そうした

細やかな

自分のパーツをかき集めて
一つ一つはめていくことで

自分が埋まっていったのです

 

 

更に

自分自身の中にある

ポジティブな面も
ネガティブな面も

どっちがあっても、自分!

と、

光は、光のままに
闇には光を射して

自分をその"まま"に見る

"我が儘"を許すことで
"自分"は完成しました

 

今、現在

1mmだって

自分を疑う"隙"はありません

 

 

なので、

今、

寂しさは何処からくるのか?

と、聞かれたら

私は、

きっと、

こう答えるでしょう

 

寂しさは

自分の内側からくる

と。

 

自分が自分を見てあげていない

 

自分への"愛情不足"が
寂しさを生み出すのです

 

他の何かでは

到底、

埋めることはできない

自分から"寂しさ"を振り払い
自分を満たすことができるのは

自分自身だけです

 

 

もし、今、あなたが

寂しさを感じているならば
その"影"に光を射すとき

自分を見つめ直すときです

 

影は影のままにしておくと
そのうち"闇"になります

 

勿論、

闇は、闇で

存在していい

 

でも、

闇があることを認めた上で
闇を闇のままにすることと

闇があることを知らずに
闇を闇に"葬る"ことは

まったく

違います

 

闇に葬られた闇は
モンスターになる

 

"怒り"と化して
私達を乗っ取るから

 

そうなる前に

自分を知ること

自分を0から100まで知って
自分で自分をパンパンに満たし

寂しさが生まれる隙を
つくらないようにする

 

そうすることが

我が儘に

自分を生きる

最初の一歩となるハズです