「お金」を払うは「祓う」こと

 

お金を払ってもらうのも、払うのも

私はどちらも"好き"です

 

 

なぜなら、

お金を払うことは

"情"を
"祓う"ことだから

"情"を断ち切ってくれる

 

 

私は

"情"を好みません

 

 

特に

仕事など

本来、お金が介在することで
成立する関係においてはです

 

私の経験上、

"情"は対等ではない
"関係性"を生みます

優劣をつけてしまう

 

 

例えば、

こんな経験はありませんか?

 

きっと、

この金額は払えないだろうから…

と、

相手の"経済状況"を勝手に察して
ボランティア仕事になってしまう…

 

この場合、

情は

相手の

"依存心"を育ててしまう

危険性があります

 

一回、免除してもらった人は
大抵、甘え続けてしまうもの

余程、

その"価値"を自覚していない限り

正規金額を払える
自分になろう!

という

努力を怠ってしまうものです

 

正式な金額を
支払うことは

ある種の"自立"

 

金額をおまけしてあげることは
一見、優しいように見えますが

相手の"自立心"を弱めてしまう

本当の"優しさ"とは言えません

 

 

それに

相手が払えないんじゃないか…

と、察するのも失礼な話しです

 

愛とは、

相手の"可能性"を信じること

 

毅然とした態度で金額を提示し
それで相手が下がるのであれば

それはそれで仕方ない

 

気を遣って、

相手が"受けられる金額"まで
合わせていく必要はありません

 

それよりは、

きっと、

この人なら自分のチカラで稼いで
サービスを受けに来てくれるハズ!

と、信じて待っている

そういう温かさを持っていたいものです

 

 

逆に

自分が相手の"好意"に甘えて
正式な金額を払わなかった場合
(相手にボランティア仕事をさせてしまう場合です)

これはどうなっていくでしょう?

 

金額をおまけしてもらうことは
借りをつくることでもあります

 

そのため

相手に支配やコントロールを
許してしまう、可能性大!!

 

誰でも

無償で与えたと分かってはいても
何かしら別のカタチで回収したい

と、思うもの

無意識的に

何かを求めてしまうのです

仕方ありません

与えて、受け取る

これはワンセットですから

 

 

なので、

自分の"自由"を守りたい!

そう強く願うなら

やはり

好意に甘えず正規の金額を
"凛"として払うことです

 

相手が

"いい人"でも
"悪い人"でも

関係ありません

 

自分で好き勝手に
振舞いたいのなら

お金で"情"は切る

が、ベストです

 

 

しかしながら、

こう誓ってはいても

やっぱり

"人情"

心動くこともあるでしょう

 

実際、

私も、

過去に

何度かありました

が、

その場合

たった1つだけ

いつも心に留めていたことがあります

 

それは、

情によって、

金額をおまけする側でも
おまけしてもらう側でも

人生意気に感ず

そう想える相手かどうか?

ちゃんと

見極めるということです

 

 

この人なら

依存心を抱かれるだけならまだしも
恩を仇で返され裏切られたとしても

恨まない"自分"でいられるだろうか?

 

この人なら

恩を着せられて無茶な要求をされて
支配やコントロールを強いられても

許せる"自分"になれるだろうか?

と、真剣に考えています

 

 

とはいえ、

滅多にないことなので
余程のことがない限り

基本的に

私は

"情"はお金で祓います

 

過去に

依存心を抱きそうになったことも
依存心を抱かれそうになったことも

支配やコントロールに傾きかけたことも
支配やコントロールを受けかけたことも

全部、

経験として"ある"から

 

なるべく

"凛"とした"自分"でありたいのです