「天才」は「シンプル」に生きる存在

 

天才と呼ばれる人達に
すれ違って想ったこと

 

 

それは、

天才とは、

"天"から与えられた
"才能"をそのままに

生きる存在だということ

 

シンプルに生きているのです

 

誰でも必ず一つは

"天"から与えられた
"才能"を持っていて

その"才能"に手が加わらず
そのまま純粋に育っていけば

天才は完成!

きっと、

3分クッキングより簡単に
誰でも"天才"になります

 

 

ですが、

"そのまま育つ"ということが
一番難しかったりするものです

"才能"が

誰にも手を加えられないまま
無邪気に育っていく可能性は

限りなく"0"に近い

 

 

やっぱり

生まれた瞬間から

自分ではない
誰かの影響を

受けがちです

 

せっかくの"才能"を

否定されたり
抑えられたり
修正されたり

"複雑"にされる

 

キャンバスに油絵の具を重ねると

元の真っ白な下地が
見えなくなるように

自分(才能)が分からなくなる

 

 

で、そういう

複雑に生きる人の割合が
シンプルに生きる人より

圧倒的に多い

 

だから、

誰もが、

天才は"特別"だと

思い込んでいるのです

少数=特別

と、

思われている世の中なので

 

 

でも、

本当は、

天才は特別なんじゃなくて
ただ、"素朴"なだけです

 

 

なので、

これはあくまで
私の仮設ですが

複雑な自分から
素朴な自分へと

還ることができれば

誰だって

何時からでも
何歳からでも

天才として生きられる

と、私は考えています

 

 

私もあなたも、天才

 

 

そして、

そういった流れは少し前から

"捨てる"という方法を通して

世界的に起こっているような気がします
(※断捨離、ときめき、ミニマリスト…etc)

 

 

世界中が"0"の状態を目指している

無意識に

 

 

もしも、

全人類が皆そろって
自分の"0"に還り

天から与えられた"才能"を
誰もが生かすようになったら

天才という概念は
消失するでしょう

上下がなくなり
フラットな円に

"適材適所"な和の世界に
なるのではないでしょうか?

 

あくまで想像ですが

もしかしたら、

それを

"平和"

と、呼ぶのかも知れません