「何もしていない!」は「尊い」

 

今、何してるの?

と、聞かれることが

死ぬほど、怖い

そんな時期がありました

 

 

それは、

今から、

10年前、

女優業時代のことです

 

最初だけ

一瞬パッと光が射した切り

ずっと、

暗闇にいた、私

とにかく、

先が見えず

来る日も
来る日も
来る日も

アルバイトばかりで

女優という名のフリーター

お先真っ暗とは
まさにこのこと

 

 

自分は"何者"なのだろう?

と、

夜、考えると怖くて

自分がこの"世界"に
存在していないような

感覚と錯覚

そのまま

闇に吸い込まれて
消えていくようで

朝、

4、5時まで眠れない

そんな日々が続き

暗がりの中、

自分には"価値"がない…

と、思い込んでいきました

 

 

だから、

そんな状態の時に

無邪気にこう聞いてくる
友人知人が憎かったです

 

今、何やってるの?

 

この言葉は

当時の

私には、

こう聞こえていたから

 

昔は輝いていたのに
今は輝いてないね…

とか

最近、ドラマに出てないけど
もう、女優として堕ちたの?

とか

結局、アルバイトなんでしょ?
それって、フリーターじゃん!

とか

表現活動はもうしてないの?
一生やらないの?辞めるの?

とか、とか、とか、とか

 

 

質問が尋問のように感じる

 

 

きっと、

聞いてきた人達は

何の気なしに、悪気なく

"近況報告会"として
聞いてくれたのだけど

過去の私は

余裕なんて1mmもなく

今、何しているの?

と、聞かれる度に

心臓をグギュッと握り潰され
火で炙られるような焦燥感に

ひとり

言葉を失っていました

 

自分自身が、一番
自分自身に対して

今、何やってるの?

って、

疑問だったから

答えることができなかった

 

一度でも

表舞台に立った人間には

何もしないで存在する

何もしないでいることが
許されないのだろうか?

と、

勝手に

嘆いていたこともあります

 

 

すべて、幻覚

 

 

けれど、

こうした幻覚は

新しい世界で

別の"表現方法"を見つけ
自分らしく表現することで

祓われ

消えていきました
(そこに辿り着くまでの詳細は割愛します)

 

 

穏やかな、日々

 

 

しかしながら、

根本的な"渇き"は

表現者として生き続ける限り
完全な"0"にはなりません

 

今でも、

思い描く通りに

表現できていない時

今、何しているの?

と、聞かれると

砂を噛んだ時のような
ジャリジャリッとした

過去の"不安感"が
蘇りそうになります

 

それは仕方ありません

 

私は、

自分らしく、精一杯
表現できていないと

自分を疑ってしまう

隙間ができるから

 

 

なので、

そんな時は

必ず、

"0"に還る

自己分析を通して
自分を見つめ直し

自分の"0"に還るようにしています

 

自己分析をすると
勇気が湧いてくる

 

だから、

もし、今、あなたが

真っ暗闇の中で夢を抱え
泣いているのであれば…

今すぐ

自分を知ることです

 

 

自身を知ることが自信になります

 

 

自己分析とは、

闇に光を射す作業

 

あなたの中には

どんな価値が眠っているでしょう?

掘り起こしてみてください

 

何から何まで、全部

発掘してみてください

 

きっと、

全部、

自分を発掘できた時

 

あなたはこう感じるハズです

 

自分は生きているだけで

価値がある!

 

無限の可能性を生きている

 

生きているって、強い

ただ

それだけで、尊い

と。

 

 

芸術、音楽、小説、写真、芝居…etc

すべて表現活動は

こうした"根拠のない自信"の上に
成り立つものではないでしょうか?

私は、

そう考えています

 

だって、

私、可哀相…
自信なんてない…

そうやって、

影をチラつかせる

そんな"自分"に

光も闇も

語ることはできない!

 

両極端を味わい

消化して、昇華する

 

光と闇を

統合する

それができる"自分"だから
自分を"表現"できるのです

 

 

自分から逃げてはいけない

 

 

嫌なモノ、嫌なコト、嫌なヒト、

それらからは逃げていい!

今、いる世界から逃げだし
相応しい世界を求めていい

 

でも、

自分とだけは向き合うこと

 

そうすれば、

必ず、

道は開けます

 

あなたは何もしていなくても、尊い

生きてるだけで

価値ある"存在"なのですから!